古田光郷


























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BAND

BOUND










バウンドは、1981年に、古田光郷(vo)がネッシー木村昭夫(dr)にバンド結成の話を持ちかけたことから始まった。その後、彼ら二人が考えるブラックミュージックを吸収した独創的なロックバンドを作っていこうとする中で、1982年、岸田"ゴンベ"良朗(g)、1983年、井本直樹(b)、そして1985年に高木親(t.sax)をメンバーに迎え、強力なラインナップとなる。そのサウンドは、パワフルかつ躍動感の溢れるもので、エスノミュージックまでにも手を広げ「ビート」カラーの多彩なR&Rバンドとしての地位を築いていく。当然ながら、ライヴを重ねていく中で、多くの聴衆を魅了してゆき、彼らのホームグラウンドであった京都のライブハウス「磔磔」や「拾得」は毎回満杯状態となり、入場出来ない人まで出てしまう。また、東京〜奄美大島と広範囲に渡り、精力的にツアーも行なうようになる。1986年、活動拠点を東京に移し、6月、アポロン音楽工業より「オン・ザ・ロック」でメジャーデビューする。7月にはアルバム「踊れ!若者」を発表。8月には読売ランド・イーストで開催された「レゲェ・ジャパンスプラッシュ'86」に出演するなど、この年は約100回のギグを重ねた。中でもロスアンゼルスのスカバンド「アンタッチャブルズ」のオープニングアクトでの賞賛は、バンドにとって大きな自信となった。1987年、セカンド・アルバム「REAL BEAT」を発表。同時にFROM A、ポカリスウェットのCM曲など2枚のシングル盤をリリース、バンドとしての音楽性の進化を示し高評価を受け、次なる段階への新たな可能性を見出した。しかし、1988年、メンバー間の方向性の相違、所属事務所との摩擦など、諸事情により解散してしまう。

そして、2011年、ネッシー木村が、古田他メンバーに再結成の相談を始め、約2年間の準備期間を経て、解散から25年経った2013年12月、新メンバーに森扇背(b)を迎え入れ、かつてのホームグラウンド京都「磔磔」で、満員の聴衆に迎えられ、遂に復活ライヴを成功させる。この日のライヴは、事実上、新生バウンドの初ライヴと言っても良いだろう。今後は、新曲制作にも意欲的にとりかかり、京都を中心にライヴ活動を展開していく予定。
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Soul Sleepers
2013年、京都に活動拠点を移した古田が、新たに結成したバンド。
今まで同様、黒人音楽のエッセンスを軸としながらも、より人間味溢れる自作曲をレパートリーとする。
聴く者が、音楽の持つ開放感と、自由な楽しさを感じ取れるLiveを目指す。
同年、7/5(金)京都「拾得」から、いよいよLive活動を開始する。
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Rixy Cups
2006年初め、Maki(vo.)を中心に4Pのビート系バンドとして結成。
数ヶ月に一度ペースながら、都内のLive houseを中心にLive活動を続けるようになる。2007年、神山庄太郎(gt.Lapsteel.dance)の加入によりエンターテイメント要素がより強くなり、誰もが楽しめるバンドへと変貌と遂げてゆく。2008年、リズム隊のメンバーチェンジを経て、現在の顔ぶれに落ち着く。その間、オリジナル曲はコンスタントに増え続け、女の子の飾らない側面を歌った楽曲には女性のファンも多い。歌一筋で30年間活動してきた古田(g)が、ギタリストとして参加した唯一のバンドである。
Rixy Cups web siteRixy Cups
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なまず兄弟
なまず兄弟
2006年、Vocalの古田とGuitarの中野が「剥き身の日本語の歌から始めよう」とDuoとして出発したのが「なまず兄弟」の始まり。安定した中にもDriveするサウンド。瞼の裏側に情景が広がるような、唯一無二な歌の世界。日々の喜怒哀楽を直に伝える大人のRockがここにある。

なまず兄弟 web site なまず兄弟 My Spase
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